音楽は音響信号や楽譜と結びついており,ある程度まで客観的に分析することができるし,その一部を切りとって心理学,脳科学などの実験材料にすることもできる。また,医療現場や人の集まるところに音楽を持ちこんでその与える影響を観察することもできる。すなわち,音楽は人間の心の中を覗いてみたいときに絶好の道具となりうる。作曲家や演奏家が工夫を重ねて作りあげた音楽は,人間の聴覚の仕組みを最大限に使っており,心理実験によってその仕組みを分析するだけでも,人間がさまざまな事象をどのように把握するかについて貴重な情報が得られる。その一端を,佐々木隆之氏の話題提供から汲みとっていただきたい。音楽に用いられる音響信号は,時間と周波数の座標において構造がはっきりしているため,それを聴取する際にどのような脳活動が生ずるかを観測し,病理学的なデータと組みあわせることによって,脳の動的な仕組みを捉えることができる。さらに,脳をよりよく活用して生活の質を高めることにもつながるような知見が得られる。このことは佐藤正之氏の話題提供によって示される。このような音楽の力は医療現場においても注目されており,わが国においても音楽療法の実践がなされるようになっている。しかし,その効果を科学的に検討することが充分になされているとは言えず,最悪の場合思いこみの押しつけということにもなりかねない。基本を踏まえた実験を重ねることによって人間行動の仕組みにまで考察を進めることの必要であることが,浅野雅子氏の話題提供の根幹となるメッセージである。
音楽を用いて人間の心の働きを実証的に理解することを目指し,異分野間の協力の可能性を探る。
(当フォーラムは九州大学応用知覚研究センターとの共催です)
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